写真
最近の母の写真をもらった。一生懸命、黄色い絵の具で何かを塗っていた。
久しぶりに座って何かをしている光景を見ることができた。母は微笑んでいるように見えた。私は思わず、写真をくれた職員の方に「母は、今でも、座って自分で作業することができているのですか」と尋ねた。というのも、今年に入ってから、こういう作業はかなり手助けをしてもらうことが多かったから。

最近の作成した成果物は塗るものが多い。トートバッグにレンコンやピーマンなどの野菜に絵の具をつけてハンコのように押したものや、キノコの形の紙を塗ったものなど。力強い筆の跡が見られ、母はその時間、とても一生懸命取り組んだのだろうな、と想像できる。
デイサービスを楽しむ
母は3年前、手の骨折がきっかけで、サービス付き高齢者住宅に居宅を移した。その住宅の建物の中に、デイサービスの空間や食堂、風呂など施設が充実している。建物の隣にはクリニックが付いていて、定期的に診察もしてもらえる。介護サービスは24時間体制で受けられる。
入居したての頃の母は、足が不自由で移動には車椅子を使用していたが、基本的に自分でなんでもしたいという強い意志があった。立ち上がること、歩くことができないので、トイレに1人で行けないことが一番の悩みだった。週2回のデイサービスに出かける時には、なるべく自分でベッドから車椅子に移動できるようにする練習をした。
そのうち、毎日お話をする知り合いが何人かできて、互いの家族の話をしあっていたようで、住人の方々の様々な話を聞かせてくれた。異動してしまった職員の人を懐かしんだり、新しく担当してくれている職員の方の話もよくした。社交的な母の特性を大いに発揮し、自分が比較的長くこの施設に住んでいることを自慢し、この施設の主のような口ぶりだった。
母にとって、ここでの一番の楽しい時間は、週2回のデイサービスになった。母がよく自慢気に話してくれたのは、「脳トレで難しい漢字を読めた」「バーチャルで前に行ったことのある場所に旅に出かけた(大画面で観光地の映像を映してくれるようだ)」「月1のガーデンレッスンでハーブの置物やリースを作るのが楽しい」「ガーデンレッスンの先生はとても素敵だ」「クリスマスの時に生演奏を1番前で見た」などなど。年間で様々なイベントもあるので、最初はつまらないから嫌だと言っていたのに、かなり楽しんでいた。

ハーブの置物(上段真中)は毎年作成して部屋に飾っている
突然の入院
2年前のある日、左半身に力が入らず、椅子から滑り落ちることがあり、過去に経験のある脳卒中を再び起こしているということで、緊急入院をした。幸い、大事に至らず、一ヶ月くらいで退院できたのだが、歩行が完全に難しくなり、これまでよりも自分でできることがより少なくなり、要介護3から要介護5になった。それでも、母は、デイサービスの回数だけは減らさないでほしいと言った。
少しでも体の機能を維持するために、週1のマッサージを始めることになる。また昼食後はすぐに横にならずに、車椅子に座って過ごす時間を少しずつ増やしていこうという目標を立てて過ごしていたが、完全に自分で移動してトイレに行くことは無理になった。寝たきりの時間が必然的に多くなってしまった。
それでも、話好きで社交性のある特性は劣らず、横になっていてもいつも誰かの噂話などをしていた。時には、母の幼少期や若い頃の話、父との出会い、母の父母の話など、昔の話を尋ねるとたくさん知らなかった話をしてくれた。また、食欲も劣らず、好物の寿司や塩にぎりを持っていくと、食事の直後でも美味しそうに食べたし、食べられる自分を自慢していた。それに、ドリップ珈琲を飲んだことがなかったのに、初めてコーヒーの美味しさを知り、デイサービスでいつもコーヒーを好んで飲むようになった。
母が新しいものにはまるエネルギーがあることに驚いたし、これが母にとって生活の励みになっていたようだった。
3回目の脳卒中
今年4月、私が訪問した直後だが、クリニックの先生から連絡があり、どうやらまた脳卒中の症状があり、話すことが難しく、半身が動かない状態だとのこと。入院をしても多分治療することはないだろうという診断。今後延命などの処置を希望するか、それとも現状のまま今の場所で過ごすか、の選択を迫られる状況になる。私は、今のまま安静に母の暮らしを支えることを選び、担当医の先生にもその旨を伝えた。安静に過ごしていく中、少しずつ状態は安定し、開けづらかった目が開くようになり、発言も少しづつ多くなった。ただ、以前のようにたくさん話すことは無くなったし、食欲も以前ほどはない。
この頃から、母の認知の症状に徐々に変化があり、現在は、食事をしたことや、数分前に話したことなど覚えていないという状態になっている。それでも、かろうじて、私の顔を見て名前は言わないが、娘が来たという認識があるようだ。それに、デイサービスにも変わらず週2回通っていて、一生懸命さまざまな活動に参加している。
母の生活
続けられる限り、母がデイサービスに通えるように、支えたい。一緒に暮らしているわけでもなく、週1で訪問する私は、母の日常の時間全てを知らない。母は、私の知らない苦しみや悲しみを抱えているかもしれない。私はただ、母が残した作品や、部屋の様子、職員さんからの話から母の日常を想像するだけだ。

母の作る最近の作品は、より形は不恰好になっているが、力強さが増しているように思う。母がどんなことを思いながら日々暮らしているのかはわからないが、時々見せる笑った表情に、私が救われている。


