実家売却日誌 – #5 成年後見人申立

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実家売却日誌
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11月になりやっと実家売却についていろいろと再び動き出した。しばらく家の中の物の処理をさぼっていたが、本腰入れてどんどん処理しなければならない。

思えば、今年7月に売却について母の意思確認のために司法書士の方と母が面会したが、そこからはや3ヶ月。この間に、母の認知の衰えのために成年後見人の申立を勧められ、手続きをしていた。先日、やっと審判が確定した。

(1) 後見人申立って何? – 7月下旬

母との面会の後、司法書士さんからは母の返答の様子を見て、意思確認が現在難しい状況なので、成年後見人を立てることを勧められた。誰がなるのがベストなのか、私がすればいいのか、共同所有者である私でも大丈夫なのか、そもそもこの制度はどういう物なのか、さまざまな疑問が頭の中で浮かび上がる。結局、早急に後見人申立用の打ち合わせを司法書士さんとすることになった。

7月某日、先日あった方とは別の後見人申立担当の司法書士さんと面会。事前にさまざまな書類を持ってくるように指示されていたので、家の中を掘り起こして探し、揃えて向かった。

まずは、この制度について、軽くレクチャーしていただく。

一度後見人が決まると、途中で新たな人に変更することはできないとのこと。医師の診断書によって、後見・保佐・補助のどれにあたるかの判断してから、申立ての準備をする必要があること。後見人には私と司法書士さんの2人でなり、売却までの様々な事務仕事を司法書士さんにやっていただき、一連の売却手続きが終わり、落ち着いた頃に司法書士さんが外れて、私のみが後見人になるという計画を、司法書士さんから提案された。こういうパターンはよくあるようだ。ずっと後見人に司法書士さんに入っていただくと、報酬がずっと発生し続けるからだそうだ。母の財産から後見人への報酬支払いが発生するとのこと。専門家に関わってもらうのは、一時的な期間にすると報酬は一時的なものにすることができるということなのだ。

申立書類様式を見せていただいた。あまりの項目の多さに驚く。今、司法書士さんがいなければ、私は何をしていいかすらもわからないので、今いていただかないと困る。ここからは司法書士さんが作成してくださるものを他人事として捉えずに、自分でいずれは作成することも想定に入れて、関わっていく必要があるのだな、、と実感した。

(2)関係書類の準備 – 7月下旬〜8月上旬

この打ち合わせで、私はいくつか宿題が課された。それは申立で裁判所に提出しなければならない添付書類だ。

・医者の診断書
・本人情報シート(今母が住んでいる施設の責任者に記載していただくもの)
・母の介護保険認定通知のコピー
・母の医療費領収書(全種)の過去3ヶ月分のコピー
・母の介護費・施設費の領収書の過去3ヶ月分のコピー
・母の所持している全通帳のコピー
・親族意見書       など

クリニックと施設に行き、書類の発行のお願いに行き、数多ある領収書をコピーし、親族(姉)に書類の記載をお願いしに行く。なかなかやることが多い。ちょうど仕事の夏休みの時期にあたり、なんとか揃えることができた。この量をコンビニでコピーするのは絶対に不可能だし、内容が全て個人情報なので外部の機械を使用することに抵抗もあり、自宅にプリンターがあって本当によかった。

(3)申立書を裁判所に提出 – 9月上旬

司法書士さん側でも、戸籍謄本やその他の書類を調達していただき、私の提出したものと合わせ、その書類内容に従って、あの膨大な量の申立書を完成させていただいた。完成版を確認するように指示をもらったのが8月の終わり。送付された控を読み、私の方での確認を終え、申立書を裁判所に提出してもらった。あとは、裁判所からの連絡を待つのみ。

(4)裁判所での面会 – 9月下旬

9月中旬に司法書士さんから連絡があり、裁判所に受理され、面会の予約依頼が来ているとのこと。9月下旬の平日の某日に決定。この日は偶然、仕事が振替休日で都合が良かったのだ。当日は、非常にお天気が良く、行楽日和、という感じだったので、帰りに少しお散歩でもしようかな、、くらいの気軽な気持ちで向かった。

朝9時半前に指定された階の部屋の前で待ち時間になったら受付をするように、ということだけ言われていた。当日、てっきり司法書士さんの会社の方もどなたか同伴してくれるのかな、、と思っていたのだが、どうやら私1人のようだ。電話で指示されたのだが、あまりにシンプルな指示で、状況がよくのみこめていなかった。何をするのかはよく分からず、言われるままに受付を済ませた。待っている間に解くように、と一枚クイズが印刷されたものをいただいた。読んでみると、申立の注意事項として具体的な状況を例にした質問ばかりで、「はい・いいえ」で答えるタイプのもの。一つ一つの状況を読み込んで考えるので意外と時間がかかった。

そうこうしていると、年配の男性が現れて、面談が始まった。これまでの自分の家族の事情について、かなり細かく質問され、説明をすることになった。どの家にも事情ってものが少なからずあるだろうが、それが当たり前として過ごしてきているので、自分の家のことについて、そんなに深刻に受け止めたことはなかった。でも、審判員の方の見解で、「いろいろと大変でしたね」と言われ、改めて大変だったんだ、、と実感した。面談は一時間強で終了した。私が母の最期まで後見人としての義務(報告書や収支計画表などこれからも定期的に提出すべきものがあるとのこと)を果たせるのか、結構執拗に確認されたが、もうやるしかないので、「はい、やります」とだけ伝え、終了した。

行楽日和の朝、裁判所に向かう。

(5)結果 – 10月初旬

面談が終了し、日常生活が戻り、仕事に追われ、すっかり裁判所のことについて忘れていたある日、裁判所から通知が郵送で届いた。申立した内容通りに、2週間後に審判が確定するとのこと。いよいよここから後見人としての私の義務が始まる。母の保護者になった気分だった。

(6)今後

やっと売却について再び始動する。3ヶ月、意外と長かった。今後提出義務のある書面を、継続的に作成提出することになるけれど、初めは司法書士さんが作成していただけるので、それを見ながら学んでいこうと思う。きっと、また初めてだらけの経験になるのだろうが、その初めてを楽しんでいこうかなと思う。