先日朝、クリニックから電話があった。いつもクリニックから電話がかかってくると、ヒヤッとする。今回は何が起きたのか。母の容態が急変して、私の判断が求められる。今回で3回目だ。その度に母の人生を私が決めてしまっていいのか、モヤっとする。
認知が難しいにも関わらず、母は、「ここにいたい」と主張したそうだ。
クリニックの先生には感謝だ。私の決断のプロセスに一つひとつ寄り添って下さった。ここにいる場合と、救急で病院に搬送する場合とで、それぞれどのような状況が想定されるのか、伝えてくれた。そして、何度か先生は、「お母様はここにいたいとおっしゃっています」と伝えてくれた。これで私の決心がついた。このままここにいさせていただく、そして、万が一のことがあっても受け入れる、と。
結局、この日は安静にしてそのまま様子を見て、今はなんとか落ち着いた状態に戻っている。でも今回のことで、一つ薬をやめることになったので、何か別の事態を発症するリスクは高まる。油断はできない。
父が他界し、母の生活が成立しづらくなり、自宅の一人暮らしを諦め、現在の施設に住むことになった。私も母も、これまで見ることを避けていた現実に対処する日が今日まで続いている。当然だが、一番辛いのは母自身。
母がこの施設に入った当初は、私が訪れる度にいろいろと小言をもらした。思う通りにいかないことについて細かく話したものだ。そのうち、だんだん小言が少なくなっていった。寝たきり状態が多くなり、不快に思うことは確実に増えているのに、我慢することに慣れ、何も言わなくなっていったように見えた。
自分の行きたい時に行きたいところへ動けなくなる。起き上がる・立ち上がる・座る・寝る・排泄する・などなど基本的な生活の動きを他の人に頼ることになる。ふと何かを凝視する瞬間があり何か思い出そうとしているが、うまくいかない。ここ4年間でじわじわ状態が変わってきた。稀に「しょうがない」と悔しそうに言うことはあるが、母はそれらの変化に意識していないかもしれないが、きちんと折り合いをつけているように見える。
一方、私には難しいことだ。母の苦しんだり悔しそうな表情を見ると辛い。でも、私は、ケアマネージャーさん、施設の方々、クリニックの先生など、さまざまな他の方々のサポートのおかげで、気持ちに折り合いをなんとかつけることができている。そして何よりも母のおかげで、私は励まされている。母は、確実に自分の力で折り合いをつけているからだ。耐えている母を見ると、心からすごいなと思うのだ。母を見て、自分自身の人生を考えるきっかけをもらっているし、学ぶことが本当に多いなと気づく。
確実に母と過ごせる時間は限られてきている。どんな状態でも、私に何ができるのか、どうしたら母と楽しむことができるか、考え続けたい。

